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コラム

■「近ごろ気になること」を書きとめました

「食生活」や「健康・医療」に関して、「近ごろ気になったこと」を書きとめました。「健康情報」ページとは異なり、執筆者(最下段に示す)の意見が反映されています。
プルシナー博士の講演を受けて、食品安全委員会の「答申」は変わるのか
●若齢牛にも骨格筋にもプリオンタンパク質は存在する
 現在、国は食品安全委員会に対して「どうすれば安全な牛肉を食べることができるか」を諮問している。近い将来、食品安全委員会はそれに対する答申をすることになっている。答申の内容は現時点ではまったくわからないのだが、これまでの“流れ”からすると「@若齢牛は全頭検査の対象から外す(高齢牛に関しては全頭検査体制を維持する)、ASRM(特定危険部位)の完全除去を徹底して行なう、という2つの施策によって牛肉の安全性が確保される」というような内容になるであろうと推測されている。
 しかし【健康情報】でお伝えしたプルシナー博士の講演内容とからすると、@とAの施策の前提が両方とも根底から崩れることになる。プルシナー博士は「若齢牛にはプリオンタンパク質が存在しないとはいえない」と述べたし、「SRM以外の部位たとえば骨格筋(普段私たちが食べている牛肉)にもプリオンタンパク質はあるだろう」と述べた。プルシナー博士の講演内容は「子牛の骨格筋だけを食べていたとしても、海綿状脳症を完全に避けることはできず、しかも、海綿状脳症は一度かかったら死に至る病気で、現在のところ治療の方法がない」という結論に至る。これでは牛肉は食べられない。
 食品安全委員会が、自らが招聘したノーベル賞受賞学者が述べたことを無視するわけにはいかないとすると、「牛肉の安全性を確保するためには今まで通りに全頭検査体制を維持する」しかないように思えるのだが、そう簡単にはコトは運ばないであろう。私がそう推測する根拠は、今回のプルシナー博士の講演には(少なくとも今回に限っていえば、であるが・・・・)、量の問題(確率論的考察)が考慮されていなかったからである。
●全頭検査をやめると、海綿状脳症にかかるリスクはどのくらい高まるのか
 若齢牛の全頭検査をやめれば、プリオンタンパク質を含む牛肉が市場に出回る可能性は間違いなく高くなる。問題は「その確率が何パーセントから何パーセントに高くなるか」である。SRMを完全に除去すれば、その確率は「数字では表すことができないくらい小さいパーセント(ほとんどゼロに近い数値)」から「やはり数字では表せないくらいに小さい、でもほんの少しは高いパーセント(それでもゼロに近い数値であることにはかわりがない)」へと変化する程度である。
 このことは、「存在する可能性がきわめて高い」とプルシナー博士が指摘した骨格筋のプリオンタンパク質に関しても同様である。ウシの骨格筋を食べないようにすれば(つまりは牛肉を食べないということになるのだが)、SRMを完全除去したあとの牛肉を食べるときよりも、海綿状脳症にかかる率が低くなることは間違いのない事実である。重要なことは「どのくらいからどのくらいへと低くなるのか」という確率の問題である。
 SRMを除去したあとの牛肉にプリオンタンパク質が含まれている可能性はものすごく低いとされているので「限りなくゼロに近いくらいに低い確率」から「(牛肉を食べなければ)ゼロになる」ということだ。
 不謹慎だとおしかりを受けるのを覚悟でたとえれば、年末ジャンボ宝くじを10枚買っても1億円は当たらない(可能性はゼロではないが・・・・)。では、20枚買うとどうなるか。理論的には確率は2倍になるのだが、1億円が当たらないことにはかわりはない(こちらも可能性はゼロではないが・・・・)。ただし、宝くじを買わなければ可能性はゼロである。
 話を元に戻す。いうまでもないことだが、SRMを除去しないウシを食べることは「海綿状脳症にかかる率がかなり高い」と、イギリスで立証されたので、肉骨粉を飼料からシャットアウトした現在であっても、絶対に避けるべきである。
●「国際社会との協調」や「安価な牛肉を食べたい人たち」に配慮しなくてもいいのか
 食品のリスクは、他に何も考慮する要素がなければ「ゼロに近ければ近いほど好ましい」ことは明白である(ただし、何かを食べている以上、食品のリスクがゼロになることはない)。
 話がいきなりナマナマしくなって恐縮だが、この場合「考慮する要素」の1つにアメリカの牛肉をどうするか、という問題がある。「食べる人の健康のためには、全頭検査をしないアメリカの牛肉はいっさい食べるべきではない」と切って捨てるのは簡単だが、国際協調を大前提として成り立っている日本の国情からすると、そうとばかりはいっておられないであろう。食糧自給率40%の国の国民が大きな声で叫ぶことには躊躇せざるを得ない。
 また、高価な牛肉を購入できない人もいる、育ち盛りの子供に充分満足するだけの牛肉を食べさせたい母親もいる、安価な外食をほぼ毎日食べ続けているお父さんもいる。アメリカの牛肉を日本に提供することで生計を立てている人たちも少なくはない。これらの要素を考慮しない議論は、社会的には成立しないのではないだろうか。
 これまで、日本では約300万頭の牛を検査した結果、14頭のBSEが発見された。プルシナー博士は「この確率は自然発生によるBSEの確率とほとんど変わらない」と述べた。ということは「飼料として肉骨粉を使っていないし、まだBSEの発見がないので安全」と宣言しているオーストラリア牛にも、BSEの危険性はあるということでもある。オーストラリア牛にも全頭検査が必要だということになるだろう。
●全頭検査が望ましいが、それは現実的な対応策なのかどうか・・・・
 12月7日の講演で、プルシナー博士はノーベル賞受賞者らしく一貫してアカデミックな姿勢を崩さなかった。しかし、研究者らしからぬ、踏み込んだ発言を、1つだけした。それは「検査済の牛肉と検査しない牛肉を、消費者にわかるように表示して、その選択は消費者に任すべきだろう」という発言である。
 【健康情報】で紹介した同博士の理論を突き詰めると「どこの国の牛肉であれ、食用にするウシは全頭検査をすべきである」という結論に達する。しかし、前述の発言は「全頭検査をしない」ということが前提条件となっている。プルシナー博士の考え方が世界の研究者の中ではごく少数派(同博士のことば)であるからなのか、先ほどの確率論を考慮してのことなのか、その他の理由からなのかは知るすべもないが、同博士が「全頭検査が望ましいけれども、世界中の牛をすべて検査するのは非現実的であろう」と理解して、現実的な対応策(検査済の牛肉の表示)を提案したのではなかろうか。
 私もこの現実的な対応策には賛成なのだが、それでも課題は残る。まずは偽装表示の問題である。検査をする牛としない牛が市場に出回れば、多くの消費者が「検査済の牛肉」を購入することは想像に難くない。とすれば、今までの経験から、未検査の牛肉を「検査済」と表示して販売する組織が必ず出現する。
 また、加工食品や外食の場合はどう表示すればいいのか、違反した場合の罰則はどうするのか、解決しなければならない課題は多い。
 ただし、これらは行政が行なう「リスク管理」の問題である。「リスク評価」を担当する食品安全委員会は、あくまでも科学的評価に基づいた答申をしなくてはならない。
 最後に、またおしかりを受けるであろうが・・・・。私は年末ジャンボ宝くじは買わないし、もしアメリカの牛肉が輸入されれば(SRM以外の部位に限るが)食べるだろう。その理由は同じ。いずれもアタラナイから。
(2004/12/18 佐藤達夫)