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■「近ごろ気になること」を書きとめました
「食生活」や「健康・医療」に関して、「近ごろ気になったこと」を書きとめました。「健康情報」ページとは異なり、執筆者(最下段に示す)の意見が反映されています。
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牛肉のトレーサビリティって、誰のため?
●焼き肉屋の牛肉の「生まれと育ち」がわかる
年が明けてまもなく、久しぶりに焼き肉を食べた。「そういえば、昨年の12月から、焼き肉の専門店などでは『提供されている牛肉の履歴』がわかるはず」であることを思い出し、店員に尋ねてみた。店員は、一瞬、口元は笑っているけれども目が「なにそれ?」という顔をしたが「少々お待ちください」といって奥へ下がっていった。
しばらくして戻ってきた店員は、10桁の数字が書いてあるメモ用紙を示し「こちらになります」と置いていった(それをいうなら「こちらです」だろ!とツッコミたくなるところを我慢して「ありがとう」と受け取り、自宅に戻ってパソコンで調べることにした)。ちなみに、同席していた3人(40歳代男性・出版社員、たぶん20歳代の女性・出版社員、50歳代女性・パートタイマー)は、焼き肉専門店で「牛肉の履歴」がわかることを知らなかった。ただし「牛肉トレーサビリティ」という言葉は知っていた。
牛肉トレーサビリティ法が焼き肉専門店に適用されてから、まだ2ヶ月ほどしか経過していないので、同席した人たちが知らないのは無理のないことかもしれない。ついでに尋ねてみたのだが、出版社員の2人はスーパーなどで販売されている牛肉にも10桁の番号がついていて、パソコンで調べればその牛肉の生産履歴がわかることをも知らなかった(スーパーなどで販売されている牛肉にトレーサビリティ法が適用されてからはすでに1年以上が経過している)。50歳代女性は、そのことは知っていたが、自分で調べた経験はまだないということであった。
「牛肉トレーサビリティ法」というのは、平成15年6月11日に交付され、生産段階では同年12月1日から、流通段階では平成16年12月1日から施行された法律で、正式には「牛の個体識別のための情報の管理及び伝達に関する特別措置法」という。
流通段階では一昨年の12月から実施されているので、スーパーの牛肉売り場などで気をつけて見れば、牛肉(外国産牛、内臓肉は除く)には必ず10桁の番号が表示されている。パソコンで独立行政法人家畜改良センターのホームページにアクセスして、10桁の個体識別番号を入力すると、その牛の「出生年月日」「雌雄の別」「品種」等と、「飼育の履歴(どこで生まれ、どこで育てられ、どこでと畜れたか等)」がわかる。
この牛肉トレーサビリティ法が、昨年の12月からは、焼き肉・すき焼き・しゃぶしゃぶ・ステーキの専門店にも適用されるようになった。そのため、これらの店では、提供される牛肉の履歴を知ることができるのである。
●「買う側」よりも「売る側」に多大なメリットがあるシステム
牛肉トレーサビリティ法が施行される前はどうだったのだろうか。販売店は、自分の店で売っている牛肉が「どこで生まれ、どこで誰によってどのようにして育てられ、どこでと畜された」ものなのかという情報をまったく知らなかったのだろうか。そんなはずはない。
仕入れた牛肉が契約通りの品質の商品ではなかった場合には、その牛肉がどこから来たのか・責任は誰にあるのか等を追及するにちがいない。また万が一、牛肉の産地に偽装が判明した場合には、ルートを遡って調査してその商品は回収しなくてはならない。販売者はそのための情報を持っているはずであり、今まではそれを消費者に公開しなかっただけであろうと推測する。
もちろん、牛肉トレーサビリティ法に先駆けて「飼育者」や「飼育場所」や「品種」を店頭で公開していたケースもあったが(たとえば「松阪産・黒毛和牛・霜降り」など)、それは牛肉に付加価値を付けて高く販売するための手段であった。いずれも、これらの情報は消費者のためにあるのではなく、生産・流通・販売者の利益のために存在している(余談になるが、日本ではじめて「トレーサビリティ」という言葉を使ったのは警視庁だと聞いたことがある。トレーサビリティというのは、犯人までたどり着けるかどうかの情報を追跡する手段であったそうだ←未確認情報です、スミマセン)。
牛肉トレーサビリティ法が成立する際に、「これを実行するためには大きな費用がかかる。それを誰が(売る側?買う側?)負担するのか」という議論があった。しかし、これは議論するまでもなく、売る側が負担すべきものである。上に書いたように、牛肉のトレーサビリティは、買う側のメリットよりも売る側のメリットのほうが圧倒的に大きいのだから・・・・(もっとも「金に糸目はつけないから、どうしてもホンモノの超高級ブランド牛肉が食べたい」という消費者に、それにかかる費用を上乗せして販売するのは、立派な商取引である)。
●生産者の名前や顔がわかっても安全性とは関係がない
家畜改良センターでの検索システムで知ることができる牛肉の情報は、前項に書いたとおりである(場合によってはイモヅル式にどんな飼料を食べさせたかとかどんな顔の人が世話をしたか、等がわかることもある)。牛肉のトレーサビリティでは、基本的には牛肉の安全性は保証されはしない。牛肉トレーサビリティでは、その牛がどんなえさを食べたかは(基本的には)記録されていないし、その牛肉にBSEの原因であるプリオンたんぱく質が含まれているかどうかはわからない(ただし、現在私たちが食べる牛肉にプリオンたんぱく質が含まれている可能性は限りなくゼロに近いことは間違いない)。
つまり、牛肉のトレーサビリティは、「履歴がわかれば安心だ」という人の安らぎには結びつくが、牛肉の安全性とは直接的な関係はない。
今、食品のトレーサビリティを牛肉以外にも広げようという動きがある。極端な話、野菜1つ1つに履歴がわかるチップをつけようという研究が進んでいるそうだ。牛肉でさえも、履歴を確認している消費者はごく少ないと推測する。まして、大根1本1本の履歴など知りたい人がそれほど大勢いるとは考えにくい。
よく「安全・安心には、顔の見える関係が大切」といわれる。そう、大切なのは「顔の見える関係」であって、「顔そのもの」ではない。少なくとも私は、食品売り場に作った人の名前が書いてあっても、顔写真が貼ってあっても、安心はしない。ましてや、それが安全性を保証するとはまったく考えない。ユビキタスとかいうのだそうだが、すべての食品に、履歴がわかるチップをつけることよりも、安全でおいしい食品を作ること、そしてそれをリーズナブルな値段で提供することにエネルギーを費やしてもらいたい。法律の整備も、そちらを目的として進めてほしい。それが保証されれば、消費者はすべての食品の履歴など知る必要はないのだから。 (2005/2/1 佐藤達夫)
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