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コラム

■「近ごろ気になること」を書きとめました

「食生活」や「健康・医療」に関して、「近ごろ気になったこと」を書きとめました。「健康情報」ページとは異なり、執筆者(最下段に示す)の意見が反映されています。
「安全」は獲得したが「安心」を手に入れることができなかったアメリカ産牛肉
●超えてはいけない「一線」を超えてしまった食品安全委員会

 平成17年12月の【健康情報】で報告したように、USA産牛肉の輸入再開が決定した。個人的には、食品安全委員会が「USA産牛肉のリスクは日本産牛肉のリスクとほとんど差がない」とした決定には、異論はない。私は、USA産牛肉を原料にした牛丼が発売されれば食べるだろう。しかし、今回の食品安全委員会の答申と、それを受けての厚生労働省と農林水産省の措置には、大きな問題点があることを指摘しておきたい。

 はじめに確認しておきたいのは、今回の食品安全委員会が出した結論は「USA産牛肉は安全」というものではない。上に書いたように「USA産牛肉と日本産牛肉のBSEリスクはほぼ同等」というものである。この点を勘違いすると、議論はかみ合わない。昨年12月15日に東京で開催された「説明会」では、この点を正しく理解していなかった参加者が「安全だと証明されていないUSA産牛肉をなぜ国民に食べさすんだ!」と大声でヤジを飛ばし、注意を受けていたが、この論理でいくと国内産牛肉も食べられなくなってしまう。

 その点を承知した上での話だが、最大の問題は「食品安全委員会の存在価値」である。ご承知の通り、食品安全委員会は、平成15年7月に、日本におけるBSE発生とそれに対する行政措置の不手際がきっかけとなって発足した。最も大きな目的は「リスク評価をする組織とリスク管理をする政府機関を完全に分離する」ことである。

 それ以前は、リスク評価とリスク管理を同じ機関が執り行っていたために、日本におけるBSE対策が後手に回った。そのことを反省し、「科学的にリスク評価をする機関」として食品安全委員会をわざわざ独立して発足させたのである。

 にもかかわらず(たった2年しか経過していないのに)、今回、食品安全委員会は、「リスク管理」に足を踏み込んでしまった。12月8日に食品安全委員会が出した結論は、【健康情報】に記した3点にまとめることができる。この中で、本来、食品安全委員会が答申できるのは、1の

  科学的同等性を厳密に評価するのは困難 
   ・USAとカナダに関するデータの質・量共に不明な点が多いため
   ・管理措置の遵守を前提に評価しなければならなかったため


という部分だけであり、それ以上に踏み込んではならないはずである。

 2以下は、リスク管理であり、厚生労働省や農林水産省が管理機関として行なう性質の問題である。

 純粋に科学的評価のみを行なうべき食品安全委員が「管理」にまで踏み込んでしまっては、その存在価値が激減する(どころか、存在そのものが問われる)であろう。12月15日の「説明会」では、会場の参加者からの「リスコミが形骸化しているのではないか」という質問に対し、農林水産省の担当官は(不用意にも?)「今回は(食品安全委員会から)管理もセットで答申があったと理解している」と回答した。同席していた食品安全委員会の事務局リスクコミュニケーション担当官も訂正はしなかった。

●たとえ安全であるとしても選択する権利は消費者にある

 一方、消費者にとっての切実な問題として「表示」がある。冒頭に「私はUSA産牛肉の牛丼を食べる」と書いたが、USA産牛肉は絶対に食べたくないと考える人もいる(けっこう多い)はずだ。たとえ安全であるとしても選択する権利は消費者にある。その人たちがUSA産牛肉を避けるためには「間違いなく表示してある」ことが絶対条件となる。表示がなければ、消費者は、自分の口に入る牛肉がどこで生産されたものであるかを知る術がないのだから。

 生鮮肉は「原産地表示」の義務がある。問題は加工食品と外食である。加工食品のごく一部には「原料の原産地表示」が義務づけられてはいるが、ほとんどの加工食品には原料の原産地を表示する義務がない。たとえUSA産牛肉を使ったとしても、現在の社会状況ではそれを表示する加工食品はものすごく少ないだろう。

 また、外食では、昨年7月に外食の原産地表示ガイドラインが作られたが、あくまでもガイドラインであるために拘束力がなく(違反したときの罰則もない)、制定時から「形骸化するのではないか」と心配されているものである。USA産牛肉を使った外食店がわざわざ「ウチはUSA産牛肉を使っています」と表示する可能性は低い。

 より深刻なのは「選択の余地がないケース」だ。例えば学校給食。学校給食にUSA産牛肉が使われたとしても、児童たちは「食べない」わけにはいかない。学校給食にも、多くの民間企業が参入している現状では、安いUSA産牛肉が許可されれば食材として用いる企業は少なからずあるだろう(例に漏れず、ここでもコストダウンを迫られているので)。

●「リスコミ」と「輸入再開」の順序が逆ではないか

 最後の懸念が「時間経過」である。食品安全委員会の答申が出てから、輸入再開までが早すぎはしないだろうか? いたずらに時間をかければよいというものではけっしてないが、12月8日に答申があり、12日に輸入再開が決められ、15日に最初の「説明会」があり、16日には輸入第1弾が成田に到着している。

 「説明会」は15日から22日にかけて、日本全国の主要都市で開催されたのだが、東京以外の地区では「説明会が行なわれる以前に、USA産牛肉が日本に入ってきた」という状態を招いてしまった。

 しかも、15日から22日にかけて開催されたのは「リスクコミュニケーション」ではなく「説明会」(事後承諾といってもよい)である。これまでのやり方からすれば、食品安全委員会の答申があったら、それを元にして「リスコミ」を行ない、そののちしかるべき手続きを経て「輸入再開」に踏み切るというのがスジであろう。

 この点に関しては、食品安全委員会プリオン専門調査会専門委員の1人である山内一也氏が、12月17日に日本女子大学で行われた「食の安全を考える」というセミナーで「私は順序が逆だと思う」と指摘した。

 解禁があまりにも早すぎる。16日に成田に到着した牛肉は、いつから準備していたのだろうか? これでは「年内再開」というスケジュール通りに事が運ばれたのではないか、という疑いをかけられても反論しにくかろう。

 とにもかくにも、USA産牛肉は、一応、国産牛肉と同等の「安全」は手に入れたようだ。しかし日本の消費者の「安心」を手に入れることができるのは、まだまだ先のことといえるだろう。

(2006年1月10日 佐藤達夫)