適食情報タイトル 適食情報TOPへ
コラム

■「近ごろ気になること」を書きとめました

「食生活」や「健康・医療」に関して、「近ごろ気になったこと」を書きとめました。「健康情報」ページとは異なり、執筆者(最下段に示す)の意見が反映されています。
「安全」でさえも無かったアメリカ産牛肉
●このようにズサンな事態までは予測できなかった

 1月10日に更新した『適食情報』に、「安全は獲得したが、安心を手に入れることができなかったアメリカ産牛肉」と題するコラムを掲載した。

 しかし、すでにご存じのように、アメリカ産牛肉輸入再開から約1ヶ月後の1月20日、特定危険部位(SRM)とされている背骨(脊柱)が、成田で検疫中のアメリカ産牛肉から発見された。驚いたことに、誰が見てもわかる「背骨」がそのままゴロンと入っていたのである。

 驚いたりあきれたりする前に、まず私の不明を恥じ、お詫びしなければならない。アメリカ産牛肉は「安心できないだけではなく、安全でさえも無かった」のだ。前回のコラムで「私はアメリカ産牛肉を材料にした牛丼が発売されれば食べる」と書いたが、これも訂正したい。仮に、近い将来に輸入が再解禁されても、当分の間、アメリカ産牛肉は食べません。

 私も、「アメリカ産牛肉から『違反牛肉』が発見される可能性は0%」と考えていたわけではない。人間のやることなので完璧はあり得ない。いつかは「意図せぬ・悪意のない・防ぎ得ない」ことが原因の『違反牛肉』が発見される可能性は否定できない、と考えていた。

 しかしそれは、例えば「月齢20ヶ月未満に限る」という約束であるにもかかわらず「月齢が確認されていない牛の肉が混ざってしまった」とか、工場の管理上の不手際から「検査をしてみたら、特定危険部位のごくごく一部が混ざっている可能性がある」などのレベルであろうと推測していた(それでも、あってはならないことではあるが)。

 今回の事態は、それとはまったく次元が異なる。何の解決にもならないのでできれば使いたくない言葉ではあるが、「なめられている」としか表現のしようがない。

 小泉首相は、例によって一言「悪いのはアメリカで、日本政府には責任はない」と切って捨てたが、もちろん、それではすまされない。

●「諮問」も意図的であったが、「答申」も不適切だった

 自分自身の反省の意味を込めて、もう一度整理してみたい。

 平成17年5月、厚生労働大臣と農林水産大臣は、食品安全委員会に対して諮問をしたが、その内容にすでに問題の芽が潜んでいたといえる。そのときの諮問内容は、「どのような牛肉であれば安全なのか」ではなく「アメリカ産牛肉の安全性が国産牛肉の安全性と同等かどうか」であった。

 平たくいえば「国産牛肉は食べているのに、アメリカ産牛肉を輸入しちゃダメなの?」という質問だ。しかも「ダメならダメで、ダメな理由をきちんと出せよな」という恫喝もどきの詰問だともいえる。

 本来であれば、食品安全委員会に諮問されるのは、例えば「肉骨粉をエサとしておらず、月齢20ヶ月未満で、特定危険部位を完全に除去した牛肉は安全といえるかどうか」という内容であるべきだ。それに対してであれば、食品安全委員会としても「科学的に判断して、その条件を満たした牛肉であれば、日本産の牛肉であってもアメリカ産の牛肉であっても、安全性はほぼ同等といえる」という答申が可能だ。

 「アメリカ産の牛肉の安全性は国産牛肉と比べてどうか」と聞かれても、食品安全委員会では、アメリカにおける牛肉の管理状況(肉骨粉を食べさせてはいないのかどうか、牛の月齢はきちんと管理できているのかどうか、特定危険部位の除去は完全に行われるのかどうかなど)を判断する立場にもなければその能力もないのであるから、答えられるはずもない。

 食品安全委員会としては「そんな諮問には答えられない」と拒否すべきであったと思うのだが、なぜか、12月8日に答申をした。その内容をかいつまんで紹介すると、以下の通りである。

1:科学的同等性を厳密に評価するのは困難 
 ・USAとカナダに関するデータの質・量共に不明な点が多いため
 ・管理措置の遵守を前提に評価しなければならなかったため
2:輸出プログラムが遵守されたと仮定した場合、USA産・カナダ産牛肉等と国産牛肉等のリスクの差は非常に小さい
3:輸入が再開された場合、管理機関による輸出プログラムの実効性・遵守状況の検証が必要

 前回のコラムでも指摘したが、百歩譲ったとしても、食品安全委員会が言及できるのは「1」だけのはずである。「2」と「3」は、リスク管理を担当する厚生労働省と農林水産省が判断すべき内容だ。食品安全委員会が「越えてはならない一線」を越えてしまったために(=リスク管理にまで踏み込んでしまったために)、「錦の御旗」をいただいた日本政府が「早すぎる輸入再開」を強行した。

●「アメリカ産牛肉はリスクが高い」と評価せざるを得ない

 国民に食肉リスクを負わせ不信感をエスカレートさせた日本政府の責任は重大だが、食品安全委員会もけっして「他人事」ではない。責任を痛感すべきである。

 「アメリカ産牛肉のリスクは国産牛肉のリスクとほぼ同等である」と発言してきた私自身も、改めてお詫びし、次のように訂正したい。

 「肉骨粉をまったく食べておらず、月齢が確かに20ヶ月未満で、特定危険部位を完全に除去した牛肉」であれば、国産であろうがアメリカ産であろうがその危険性に差はない、という考え方には今でも異論はない。しかし、特定危険部位を除去する能力もなく努力も怠るアメリカ産の牛肉は(他の条件も遵守されるとは限らないので)リスクが高い。

 また、すでに報道され国会でも取り上げられたが、「輸入再開にあたっては事前にアメリカの食肉施設に対する現地調査を実施する」という約束を、日本政府が守っていなかったことも判明した。アメリカは信頼に値せず、日本政府も信用できない。

 となると、もう一つの不安が頭をよぎる。それは「国産の牛肉は大丈夫なのだろうか」という疑念である。今回の問題が消費者に与えた不安の大きさは計りしれない。

(平成18年2月1日 佐藤達夫)