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コラム

■「近ごろ気になること」を書きとめました

「食生活」や「健康・医療」に関して、「近ごろ気になったこと」を書きとめました。「健康情報」ページとは異なり、執筆者(最下段に示す)の意見が反映されています。
料理のフルコースには健康上の必然性がある!?

 グラセミック・インデックスという言葉をご存じだろうか。このコラムの読者には、食生活分野の専門家も少なくないのでご存じの人もいるだろうが、一般的にはほとんど知られていない言葉だ。簡単に解説しよう。

−−食事をすると血液中のブドウ糖の量が増える。血液中のブドウ糖の値を「血糖値」という。糖尿病の診断基準になる数値なので、この血糖値という言葉なら、多くの人が知っているはず。食後の血糖値の上昇程度(上昇速度や上昇量)は食品によって異なる。カロリー数の高い食品を食べれば血糖値は大幅に上昇するし、カロリー数の高くない食品でも、いちどきに大量に食べれば、やはり血糖値が大きく上昇する。
 この「血糖値の上昇程度」は、食品ごとに(どうやらそれを食べる人によっても)異なっており、「ある食品がそれを食べた人の血糖値をどの程度上げるか」を数値で示したものがグラセミック・インデックス(略してGIという)である−−

 血液中のブドウ糖量が増えると(つまり血糖値が高くなると)、そのブドウ糖を細胞内に取り込むために働くインシュリンというホルモンが、膵臓から血液中に分泌される。そのため、GIは血液中に分泌されるインシュリン量にも大きく影響を与える。
 血液中に、必要以上に大量のインシュリンが分泌されると、そのインシュリンはブドウ糖を体脂肪に変える働きをもするので、「血液中のインシュリン量を低く抑える食事法をすればダイエットになる」という『低インシュリンダイエット』なるモノが、7〜8年前に大流行した。低インシュリンダイエットという言葉を聞けば、GIという言葉を思い出す人がいるかもしれない。
 低インシュリンダイエットはまったくのインチキダイエット法であったのだが、低インシュリンという耳新しい響きと、グラセミック・インデックスという学術用語と、その本の著者がごく短期間だけ研究生として所属した「東大医学部」という肩書きに、多くの読者がだまされて、大流行してしまった。

●サラダが先かご飯が先か

 日本GI研究会というまじめな学術組織がある。GIを有効に活用して、主として糖尿病の治療や予防に役立てようと研究をしている人たちの学会である。その日本GI研究会が、平成20年7月27日に、東京都港区にある東京慈恵会医科大学で第7回日本GI研究会を開催した。
 研究発表の中で、筆者が(私的に)興味をひかれた論文をご紹介する。

 GIが低い食事は食後の高血糖を抑制して、糖尿病等の生活習慣病の発症に予防的に働くことが知られている。しかし、低GI食材をどういう順序で食べればその効果を最大限に活かすことができるという「低GI食材の摂取タイミング」に関する研究はほとんど行なわれていない。
 北陸中央病院薬剤科の金本郁男氏らは、健康な成人男女6人に対して、野菜サラダ(比較的GIが低い)とご飯(比較的GIが高い)の食べる順序を変えて、食後の血糖値がどう変化するかを調べた。
 実験の結果、野菜サラダを先に食べた時のほうが、ご飯を先に食べた時よりも食後血糖値の上昇を低く抑えられることがわかった。また、サラダを先に食べた時のほうが、食後血糖値のピークが遅くなることもわかった。
 このことにより、食材の摂取タイミングも、食後に血液中に分泌されるインシュリン量の節約に関係することが示唆された。つまり、いきなりご飯を食べ始めるよりも、先にサラダを食べ、その後にご飯を食べるほうが、インシュリンを節約することに役立のだという。
 インシュリンの分泌量が少なかったりインシュリンの分泌速度が遅かったりするために糖尿病になってしまう人が大勢いることがわかっているが、そういう人にとっては、食材の摂取順序も重要だという可能性が示されたことになる。
 ただし、この研究では、インシュリンの節約効果をもたらしたのが、野菜サラダ中のキャベツなのかドレッシングなのかは不明である(酢はGIがきわめて低い食材であることはすでにわかっているので、酢を使った料理はGIが低くなる)。この点に関しては今後の研究が待たれる。

●患者のための食事法を!

 別の研究では、果物はGIが比較的高いことが知られてはいるが、食後に摂取することによって、食後血糖値の上昇を低く抑えられることも示唆されている。血糖値が上がってしまうからと、果物を食べることを我慢している人にとっては朗報といえるだろう。
 いずれの研究も、実験対象となる人数が少なかったり、研究の数が充分ではなかったりで、決定的なエビデンス(科学的証拠)とはいえない段階である。しかし、サラダを先に食べ、そのあとに主菜と主食を食べ、最後にデザートを食べるという順序は、糖尿病予防に効果的に働きそうである。
 この順序は、たとえばフランス料理のフルコースが饗される順番に似通っている。栄養学がまだ発達していない時代に定まったフランス料理のマナーは、じつは現代の栄養学から見ても生活習慣病になりにくい方法であったともいえよう。私は「長い歴史を有する習慣には道理がある」とつねづね感じているのだが、その一つが示されたといえようか。
 GIに関しては、カナダやオーストラリアでは、専門家の研究が盛んで、糖尿病を治療する医師や栄養士の間に深く浸透していると聞く。しかし、日本では、「個人による差が大きすぎる」「研究が充分ではない」「GIの低い食材であれば大量に食べてもいいという誤解を与える(まさしく低インシュリンダイエットがこの指摘どおりであった)」等々の理由で治療や予防に活かされていないのが現状である。
 そもそも日本糖尿病学会は、糖尿病の予防や治療には『食品交換表』を用いるのがもっとも効果的という立場を譲らないため、GIを認めていない。
 糖尿病の予防や治療には、総摂取カロリーの制限やバランスのいい食材選択が重要であることは論を待たない。上の指摘も当をえている。糖尿病治療の理想型は『食品交換表』の有効利用なのかもしれない。ただし、それ一辺倒というのはいかがなものか。
 日本糖尿病学会は、患者のQOL向上のために、GIをはじめとする他の食事療法にも謙虚に耳を傾けるべきではなかろうか。病気の治療や予防のための食事法は、医師のためにあるのではなく、患者のためにあるのだから。


(2008/8/15 佐藤達夫)