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コラム

■「近ごろ気になること」を書きとめました

「食生活」や「健康・医療」に関して、「近ごろ気になったこと」を書きとめました。「健康情報」ページとは異なり、執筆者(最下段に示す)の意見が反映されています。
体細胞クローン家畜に関するリスコミに参加して


 平成21年3月24日、食品安全委員会は「体細胞クローン家畜由来食品のリスク評価について」というリスクコミュニケーション(以下「リスコミ」と略す)を行なった。その概略は【健康情報】でレポートした。結論を簡単にいうと、「体細胞クローン牛は、従来の牛と同程度に安全である」ということだ。
 この【コラム】欄では、体細胞クローン牛の安全性評価とは別に、今回のリスコミそのものについて、いくつかの問題を提起したい。

◎問題その1:話の中身が難解すぎないか
 食品安全委員会新開発食品専門調査会・早川暁夫氏の「体細胞クローン技術を用いて産出された牛及び豚並びにそれらの後代に由来する食品の食品健康影響評価」という解説は相当に難しい。続いて行なわれた同調査会・塩田邦嚴≠フ「体細胞クローン動物における全能性の獲得について」という解説は、それに輪をかけて難解であった。
 「後代」とか「胚」とか、一般の生活ではまったく登場しない言葉を平然と使いすぎる。会場の参加者のうち、果たしてどれだけの人が理解できたろうか・・・・。「体細胞クローン」という概念はそもそも難しいものである。BSEのプリオンという概念のときもそうであったが、1度や2度聞いたくらいでは理解できない。体細胞クローンに関しても、BSEのときのような粘り強いリスコミが必要なのではないか。
 リスコミが、一般市民を対象にしているという原点を忘れてもらっては困る。

◎問題その2:「リスク評価の発表会」になってしまってはいないか
 リスコミといいながら、現実にはほとんどの時間が「リスク評価の発表」に費やされている。意見交換の時間がけっして充分ではない。
 「以前(BSEのとき)のようには参加者が集まらない」「活発に質問が出てこない」「参加者が固定してきている」等々は理由にならない。
 また、意見交換会の際、壇上に食品安全委員会の人間だけしかいないことにも一考の余地がある。リスク評価だけではなくリスク管理の点でも、きちんとした対応があってしかるべきだ。
 これらを解決することもリスコミの重要な課題なのだということを忘れてもらっては困る。“盛り上がりに欠ける”のは参加者のせいではなく、主催者の責任である。

◎問題その3:食品安全委員会の中立性は保たれているか
 食品安全委員会の信頼性は、学術的レベルが高いことと中立性が保たれていること、によるところが大きい。今回のリスコミでは、前者はともかく、後者に疑問が残った。
 意見交換の際、会場から「体細胞クローン家畜のメリットは何か?」という質問が出た。それに答えることのできる人間が壇上にはいなかった(これについては上の「問題その2」で書いたとおり)。そこで、会場にいた農林水産省関係者が答えたのだが、まことに要領を得ない。かろうじて「家畜改良を効率的に行なう」「乳牛からの医薬品製造の可能性」などが聞いてとれた。
 それを受けて、驚いたことに、壇上で進行役を担当していた食品安全委員会事務局のK氏が、その2点にプラスして「優良な個体動物の絶滅を防ぐため、将来の医療用臓器を開発するため、等々ということですね」と、農林水産省の担当官が答えもしなかった情報を提供したのだ。会場からも「そんなこと言ってないでしょ」という声が聞こえた。
 K氏が農林水産省出身なのかどうかは知るよしもないが、リスク評価を司る食品安全委員会事務局の人間が、リスク管理の当事者である農林水産省の代弁をするなど“もってのほか”である。食品安全委員会の中立性を保つために内閣府の中に独立させた意味がない。というより、これでは、中立性や独立性が保たれているかどうかさえ危ういといわざるを得ない。

◎問題その4:急ぎすぎてはいないか
 意見交換の際、会場から「今、そんなに急ぐ必要があるのか?」という質問も出た。これに対しても「問題その2」で指摘したように、壇上で答えられる人がおらず、会場にいた厚生労働省の担当官が答えた(どう考えても、会場にいる参加者の一人が答えるのはオカシイ)。
 その答えは「間違えないでいだだきたいのだが、厚生労働省としては急いでいるわけではない。現時点で、体細胞クローンの食品としての安全性がどうなっているかを諮問しただけだ」と答えた。質問に対して真摯に答えていない。もし、この厚生労働省の担当官が、壇上で顔も名前も明らかな状態で回答したとしたら同じ答えになったのかどうか、はなはだ疑問である。

◎問題その5:今後の「進め方」は適切か
 東京におけるリスコミは3月24日の1回しか開催されないのだろうか(関西地区では3月27日に開催された)。体細胞クローンというような、難解で未知の食品についてのリスコミが東京と大阪で1回ずつしか開催されないのでは、国民の不安はほとんど解消されないであろう。
 これで「安全だから、安心しなさい」といわれて、安心する人は少なかろう。
 また、上の項目とも関連してくるが、食品安全委員会はこの問題に関して「意見・情報(いわゆるパブリックコメント)」を募集している。締め切りが4月10日という短期間のパブリックコメントの募集で“こと足れり”とするのでは、「そんなに急ぐ必要が何かあるのか?」と疑われてもしかたあるまい。

◎問題その6:会場は適切であったか
 このリスコミの会場は、東京都新宿にある新宿文化センターだった。JR新宿駅からは徒歩で15分以上の距離であり、もっとも近い新宿3丁目駅からでも7分は歩く。
 近ごろ、リスコミの会場が、以前よりも不便な場所になってきたような気がするのは、私だけだろうか。感覚でモノをいうことになって恐縮だが、“力の入れ具合”が低下しているように感ずるのは、私だけだろうか。
    ★
 私は仕事がら、以前にも体細胞クローンについて何度か取材の経験がある。一般の人よりも情報量が豊富だということもあって、今回のリスコミで、体細胞クローン家畜の安全性が、他の家畜とほとんど同じだということはなんとか理解できたつもりだ。
 しかし、一般人対象のリスコミのやり方としては、今回の方法はけっして満足のいくモノではない。リスク管理を担当する人たちから、たびたび「安全が安心に結びつかないのはなぜなんだろう」という質問を受ける。その答えの1つが、今回わかったような気がした。


(平成21年4月15日 佐藤達夫)