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コラム

■「近ごろ気になること」を書きとめました

「食生活」や「健康・医療」に関して、「近ごろ気になったこと」を書きとめました。「健康情報」ページとは異なり、執筆者(最下段に示す)の意見が反映されています。
エコナの“不幸”とは?


 花王(株)の食用油《エコナ クッキングオイル》に発ガン性物質が含まれていると(後述するようにこれは誤解だが、多くの人はそう思っている)大騒ぎになってから2ヶ月以上が経過した。安全性に関しても健康効果に関しても、そう遠くないうちに結論が出るだろうから、そこで整理して報告しようと考えていたのだが、花王がトクホの表示許可を返上する失効届を消費者庁に提出したために、どうやらウヤムヤになりそうな風向きになってきた。
 結論が出てはいない段階だが、ここでエコナの発ガン性と健康効果を、整理してみたい。

●おそらく発ガン性はごくわずか

 エコナという食用油の本体はジアシルグリセロール(DAG)という脂質である。舌を噛みそうな名前だが、次の3つのパートに区切ると覚えやすい(特に覚える必要はないと思うが・・・・)。「ジ・アシル・グリセロール」だ。
 一方、普通の食用油の本体はトリアシルグリセロール(TAG)。これも「トリ・アシル・グリセロール」と3つのパートに分けてみると、この両者の違いは、アタマの部分についている「ジ」と「トリ」が違うだけだとわかる。
 さて、脂肪というのは「グリセリンと脂肪酸が結合したもの」というくらいは、何となく覚えているだろう。グリセロールというのはグリセリンのことで、アシルというのは結合の仕方を表す。肝心の「ジ」というのは「2」を表し、「トリ」というのは「3」を表す。
 つまり、ジアシルグルセロールというのは「グリセリンに2つの脂肪酸が結合したもの」という意味で、トリアシルグリセロールというのは「グリセリンに3つの脂肪酸が結合したもの」という意味になる。普通の食用油とエコナの違いは、グリセリンに脂肪酸が3つ結合している(普通の食用油)か、2つ結合している(エコナ)かの違いである。
 エコナの発ガン性で問題になったのは、このジアシルグリセロールではない。ジアシルグリセロールには、問題となるようなレベルの発ガン性はないことが確認されている。念のためにいうと「発ガン性がゼロ」ではない。ごくわずかなので問題はない、ということである。これは、普通の食用油の本体であるトリアシルグリセロールでも同じだ。
 ジアシルグリセロールを食用油にしようとすると、臭いが強いらしく、脱臭加工をしなくてはならないのだが、その際にグリシドール脂肪酸エステルという物質が生成される。このグリシドール脂肪酸エステルに発ガン性がある、というわけでもなく、グリシドール脂肪酸エステルの安全性も確認されている。
 ジアシルグリセロールとグリシドール脂肪酸エステルは、何となく似たようなイメージがあるが、別の物質だ。同じく「似てはいるが別の物質」にグリシドールがある。このグリシドールという物質こそ「ヒトに対して発ガンがあると考えられる物質」なのである。
 ここで注意したいことは、グリシドールに発ガン性があるからといって、よく似た名前のグリシドール脂肪酸エステルやジアシルグリセリンにも発ガン性があると決めつけてはいけないということ。
 では、エコナの問題点はどこにあるのか? それは脱臭工程で発生し、エコナに含まれている(普通の食用油にも含まれている)グリシドール脂肪酸エステルが、ヒトの体内でグリシドールに変わるのか否か、である。もしかなりの量がグリシドールに変わるのであれば、ヒトにガンを発生させる危険性が高い。
 そのため、食品安全委員会が、いまこの点を確認している。まだ結果は出てない。
 こんな段階で、結論じみたことをいうべきではないかもしれないが、科学者としてではなくジャーナリストとして見解を示すことにしようと思う。
 私は“エコナを調理に使ったときに心配される発ガンの可能性はきわめて低い”だろうと思う。もちろんゼロではない。普通の食用油を使ったときとの違いがごくわずかしかない、という程度だろうと推測する。
 言い方を変えれば、エコナの発ガン性は“いま台所にあるエコナを捨てるほどではない”程度のごく微量、と私は考えている。

●健康効果もごくわずか

 次に、エコナの健康効果についても考えてみたい。
 エコナは言わずと知れた“元トクホ”である(まるで犯罪を犯して懲戒免職になった公務員のようだ)。
 エコナに対する消費者の怒りは、単に発ガンの可能性があるということではなく、トクホなのに発ガン性があるなんて裏切られた、という点にあるようだ。しかし、これは正当な怒りではない。
 トクホ、正確には特定保健用食品には「特別に安全である」という意味はない。また、トクホには「特に健康によい食品である」という意味もない。もちろん「優良な食品である」という保証もない。
 一定の条件下において、ある特定の健康効果が認められた食品であることを、厚生労働省が認定したというにすぎない。安全性に関しては、他の食品と同様の安全性は保証されているが、それ以上でもそれ以下でもない。
 たとえば、エコナでいえば、以下のような実験の効果が認められている。
−−成人男性38人を2つのグループに分け、片方に普通の食用油(TAG)を、他方にエコナ(DAG)を、それぞれ料理油として使って食事をさせた。4週間後に、体重とウエストと内臓脂肪面積を測ったところ、それぞれ次のように変化した。
・体重の変化:エコナでは2.6kgの減少、普通の油では1.1kgの減少
・ウエストの変化:エコナでは4.4cmの減少、普通の油では2.5cmの減少
・内臓脂肪面積の変化:エコナでは22平方cmの減少、普通の油では8平方cmの減少

以上である。
 確かに、いずれもエコナのほうが普通の食用油よりも減少量が多い。これによって、エコナは「体脂肪がつきにくい」ということでトクホに認定された。
 しかし「体脂肪がどの程度つきにくいのか」はこの実験からは明らかになってはいない。このような実験(4ヶ月後に体重やウエストや内臓脂肪量を測って、どのくらい減ったかを調べるということがわかっている実験)では、参加者たちは、自主的に節制をすることが多々あるからだ。そのため、たとえ4ヶ月後に体重などが減ったとしても、それがエコナのおかげなのか節制のおかげなのかがわからない。
 その証拠に、よく見ると、普通の食用油を使ったグループでも、エコナグループよりは少ないけれども、体重もウエストも内臓脂肪も減っているではないか。つまり、この実験からは「エコナじゃなくても体に脂肪がつきにくくなることもある」という結果も得られたわけだ。
 エコナに関しては「体脂肪のつきにくさはごくわずかではあったとしても、減ったことには違いがない」のでトクホ認定が下りた。
 テレビコマーシャルでは、タレントが揚げ物をバクバク食べて、それでも体脂肪がつきにくいという印象を与えているが、とてもとてもそんな効果があるわけではない。もう一度言うが、エコナの「体脂肪のつきにくさ」は、ごくわずかである。
 言い方を変えれば、エコナの体脂肪のつきにくさは“体脂肪がつきにくいからと油断して、あるいは安心してチョット多めにとってしまえば、かえって体脂肪が増えてしまう”程度のごく微量、と私は考えている。

●そもそもトクホで健康になれる可能性は低い

 結局のところ、発ガン性も体脂肪のつきにくさも大したことない、のだと思っている。
 ところで、エコナが「安全性が確認されていないのにトクホに認定されているのはオカシイ」と発言している人がいる。この点について考えたみたい。
 こう発言している人たち(新任の消費者担当大臣も含めて)は「トクホは特に安全で、特に健康によい食品」だと認識していることになる。先ほども書いたように、トクホはそういうことを保証してない。
 はっきり言わせてもらうと、トクホを使用する(食べる)ことで健康になれる可能性は低い。肥満や糖尿病などの生活習慣病を、予防あるいは治療するためには、「生活習慣の改善」が必要である。それをしないで「食べ物を変える」ことによって、生活習慣病の予防や治療はできないと知るべきだ。
 たとえば、肥満の予防や治療には、「揚げ物を食べすぎないようにする」という生活習慣の改善が必要(基本的には、揚げ物だけではなく総摂取カロリーを抑えることが肝要)。生活習慣をそのままにしておいて「使う油の種類を普通の食用油からエコナに変える」だけで、ダイエットできるわけがない。トクホに過剰な期待をすべきではないし、過分な評価を与えるべきではない。
 エコナのトクホ認定を糾弾する人たちは、それをすればするほどトクホを持ち上げることになり、正しい食習慣の改善から遠ざかるという過ちを犯すことになる。
 エコナにとって“不幸な”こともある。それは、エコナを使っていた人たちには「エコナで健康になれると思い込んでいた人たち」が多かったことだ。「簡単に情報に流される人たち」と言い換えることもできる。
 エコナ関係者は、「DAGに発ガン性があるのではなく、体内で発ガン性のある物質に変わるかどうかが問題になっているだけなのに、消費者の多くはどうして冷静に考えてくれないのだろうか。特定の情報に流されるのではなく、もっと科学的に考えてほしい」と首をかしげていることだろう。でも、それは叶わない。エコナの愛用者は、そもそも情報に流されやすい人が多いからだ。
 今回の騒動は、エコナが自身が抱えていた内部矛盾の発露にすぎない。

(平成21年11月4日 佐藤達夫)