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コラム

■「近ごろ気になること」を書きとめました

「食生活」や「健康・医療」に関して、「近ごろ気になったこと」を書きとめました。「健康情報」ページとは異なり、執筆者(最下段に示す)の意見が反映されています。
中国製冷凍餃子事件から学ぶべきこと

 平成20年1月に日本に大パニックを引き起こした、いわゆる“毒入り餃子事件”の容疑者を拘束したというニュースが、3月26日、中国当局から発表された。国際問題にまで発展した事件なので、容疑者拘束にいたるまでには、様々な思惑が働いたであろうと推測する。
 中国の法律では危険物質混入罪という罪名にあたり、もっとも重い刑は死刑だそうだ。中国政府には、見せしめのような判決ではなく、再発防止のための冷静で前向きな対応を望む。
 “冷静で前向きな対応”は、私たち自身にも求められるべきだ。容疑者の拘束を受けて、日本国内では「なぜ今ごろ?」「真犯人か?」「何か隠そうとしているのではないか?」などの疑惑がわき起こっている。その根底には「中国は信用ならない」「そもそも中国が気に入らない」という先入観が働いているようだ。
 呂月庭(リュー・ユエティン)容疑者が真犯人かどうかは、私たちが詮索することではなく、中国の司法が決めるべきことだ。私たちにとって重要なことは、同じような事件が再発しないこと。それを中国と日本の双方が徹底して実行することにある。
 私は、中国が(他の国に比べて)信用ならない国なのかどうかを判断する資格も情報も持ち合わせていないので、そのことをここで論ずることはしない。しかし、事件が起こったときも、容疑者が逮捕されたときでさえも、正確な判断をする以前に、まず「信用ならない」という偏見が先に働く思考方法は、私には理解できない。
 中国製冷凍餃子事件が発覚したとき、日本のマスコミはこぞって「中国産食品は安全ではなく、安心できない」という論調で報じた。このことは当時の新聞を読み返してみるとよくわかる。
 例えば平成20年1月31日付けのある新聞は「素通り農薬食卓襲う」と大きな白抜き文字で報じた。畑の農薬が加工食品に残留するほど、中国の食品安全システムはレベルが低いことを示唆している。中国産食品に対する不安を煽っているとしかいいようがない。

●食品安全システム上の欠陥が原因ではなかった

 それでも新聞はまだいいほうで、テレビはさらにひどく、いいたい放題であった。
 いわく「中国では安全性が確認されていない農薬を大量に使って野菜を作っている」「中国の食品企業は安さだけを追求して、安全性が二の次になっている」そして「だから中国産食品を食べれば必然的にこういうことになる」と強調した。つまり、今回の中国製冷凍餃子事件は、中国における“食の安全システムの問題である”言い換えれば“中国では食の安全システムが機能していないためにこのような問題が発生する”と結論づけた。
 そのためテレビでは、「中国で作られた食品は、生鮮食品であれ、加工食品であれ、すべて危険である」、「中国産食品を輸入したり、食べたりすべきではない」という発言が、連日、繰り返された。
 私は、日本国内の食品産業の実態を知り尽くしているわけではなく、ましてや中国の食品産業の実態に至ってはそのごく一部しか知らない。このことが前提にはなるが、少なくとも次のことを指摘できると確信する。
・日本全体の「食の安全システム」と中国全体の「食の安全システム」を比較すれば、日本のそれほうが優れている。
・中国の食品企業の「食の安全レベル」にはピンからキリまであり、日本の食品企業の「食の安全レベル」にもピンからキリまである。ピンとキリの差は、日本よりも中国のほうがはるかに大きい。
・ただし、中国から日本へと輸出される食品の多くは、中国国内における「食の安全システム」のトップレベルにある企業で生産されている。そのため「中国から日本へと輸出される食品」に限って、その安全性を「日本国内で生産される食品」と比べれば、その優劣はつけがたい(平均値で比較すれば、日本で生産された食品のほうが劣っているかもしれない)。
 このような視点に立てば、中国製冷凍餃子事件は「悪意のある個人(あるいは集団)による犯罪」である可能性の高いことが予測できたはずだ。平成20年当時、かなり早い段階で中国側から(日本国内からでさえ)、それを示唆する専門家のコメントが出されていた。しかし、日本のマスコミはその情報を軽視し、中国の食品安全システムの問題であることを強調し続けた。それを受けて(だと思うが)日本国民も政府も、中国に対して、中国の食品安全システムの欠陥を突きつけ、それが解決されるまで中国産食品は食べないという対応に固執した。
 自分のことで恐縮だが、私は、中国製餃子事件発覚の約1か月後に、テレビで(CS放送番組なので、見ている人はほとんどいなかったのだが)「これは食品安全システムの問題ではないので、この事件をもってして“中国製食品は安全ではない”とか“輸入すべきではない”とか、ましてや“食べると危険”だとかを論ずるべきではない。もちろんまだ断定できはしないが、中国の食品会社に勤める労働者の中には、社会や会社に多大な不満を持っている人間がいるだろうから、そういう輩による犯罪である可能性が高いのではないか」と発言した。また「食品安全システムの問題でいうなら、日本の食品工場の中には、中国の天洋食品よりもレベルの低いところはたくさんある」ことも指摘した。

●悪意のある犯罪を食品安全システムで防ぐことはできない

 結果的に(まだ結論が出たわけではないが)、中国製冷凍餃子事件は「食の安全システム」を主たる原因とする事件ではなく(無関係ではないが)、「食を舞台にした個人(もしくはグループ)の犯罪」であることが明らかになりつつある。もし、私たちがかなり早い段階でこのことを冷静に認識し、中国に対して「真の犯人である悪意のある犯罪者を捜し出し、その原因を分析し、同じことが二度と起こらないようにする」対応を最優先にすることを求めていたら、中国の対応もかなり異なり、犯人逮捕に2年以上もかかることはなかったのではあるまいか。
 しかし実際には、私たちはそうではなく、中国製冷凍餃子事件は中国の食の安全システムが原因なので、すぐに中国製食品の輸入をストップし、まず食の安全システムを全面的に改善しろ、と迫った。いわば“場違いな要求”といえる。そのために中国側は正しい対応策がとれず、問題が大きくこじれたのではなかろうか。
 もちろん、故意に農薬(に限らず他の毒物たとえばヒ素などでも同じ)を注入した加工食品が、いとも簡単に市場に出回ってしまうのは言語道断である。食品安全システム上の重大な欠陥なので、早急に改善しなくてはならない。
 このことは中国国内だけの問題だけでは、もちろんない。毒物注入という犯罪が起こったのは中国国内だが、それを「実被害者が出るまで放置した」のは、日本である。「中国製冷凍餃子事件の安全システム上の問題」というのであれば、それはまさしく日本の国内問題だ。
 1月末に千葉県や兵庫県で中国製冷凍ギョウザによる食中毒が発生したのだが、その約1ヶ月ほど前にも千葉県で同様の食中毒が発生していた。しかし患者の症状が比較的軽かったせいか、食品流通企業は適切な対応策を講じなかった。そのため、第2第3の食中毒事件が起こってしまった。食品安全システムが機能していなかったのは、まさに日本国内だったといえよう。
 一方で「悪意を持った個人又は集団による犯罪」を完全に防ぐことは不可能だ。どんなに監視態勢を強化しても、どんなに刑罰を重くしても、これをなくすことはできない。このことは、中国でも日本でも変わりはない。
 日本でも、夏祭りのカレーにヒ素を混入させて食中毒を発生させた犯罪があった(死者が出た!)。しかし、私たちはこの事件の原因を「日本の食の安全システムの欠陥」だとは考えなかった。あの事件も、一般市民を不安のどん底に突き落としたが、だれ一人として“夏祭りのカレーは危険だから禁止にしよう”とは考えなかった。
 「食を舞台にした犯罪」と「食の安全システム」とを混同してはならない。

●中国製冷凍餃子事件はテロなどでは断じてない

 中国製冷凍餃子事件のテレビ報道で、もっとも冷静であったのはNHKだった。しかし、そのNHKでさえ21時のニュースで、ある食品評論家(?)の「これは食品テロだ」という発言を放送した。その人物は翌日の朝のNHKニュースにも登場し、同じ発言をしているので、NHKは「中国製餃子事件が食品テロだ」ということを容認したことになる。もちろん、民放が“食品テロ”説を、さらにパワーアップして伝えたことはいうまでもない。
 この食品テロ報道で、市民の不安が、そして中国への怒りが頂点に達したといえる。その意味では、NHKの罪は重い。
 食品に毒物を混入させる行為はきわめて卑劣であり、許されざる反社会的犯罪ではあるが、今回の事件はテロではない。テロには明確な目的があり、実行者は不明でも首謀者は明確である。「どういう組織が、どういう目的で」実行したのかが、事件後まもなく明らかになる(多くの場合、犯行声明すら出る)。だれが何の目的でやったのかがさっぱりわからないテロなどあり得ない。
 そもそも、日常の食品安全検査で防止できるような、また、防止できずに成功したとしてもその結果が“食中毒の発生”というようなテロなどあり得ない。仮にその結果、死人が出たとしても、例えば和歌山の夏祭り毒カレー事件も、テロではない。
 中国製冷凍餃子事件をテロと呼ぶことは、本物のテロの犯罪性・反社会性を軽んずることになる。一方で、この事件の本質を見誤らせ、事件の解決や再犯防止を遅らせることになる。
 今回は、まさしくその典型例ではなかったろうか。中国製冷凍餃子事件をテロ呼ばわりしたことで、中国国内における問題解決は明らかに遅くなったし、日本国内における対応も誤った、と思う。
 中国製冷凍餃子事件は、本質的には、食品安全システムとは無関係であったので、実は日本の食品安全委員会の出番ではなかった。また、もし食品テロであるのならば、自衛隊(軍)が取り扱うべき事例であった。そのいずれでもなかったのだから、はじめから警察が取り扱うべきであった。そうすれば、中国の対応も現実とは異なり、解決はもっと早かったのではなかろうか。
 冷静に反省すべきである。
 ただ、この事件以降、中国から日本へと輸入される食品の不合格率はきわめて低くなった。その点では“雨降って地固まる”という結果を招いたことになる。
 念のために言及しておくが、「ヤッパリ、その前は、中国製食品は安全ではなかったのだ」と決めつけてはいけない。中国製食品の不合格率は、日本から欧米へ輸出している食品の不合格率よりもケタ違いに低い、というのが現実なのだから・・・。

(平成22年4月17日 佐藤達夫)