ある料理研究家の一言 専門家(たとえば医者や管理栄養士等々)が、さまざまな事実や調査や研究を元に「これは健康にいい」とか「これは世間でいわれているような悪玉ではない」などということを、学会などで発表してもなかなか一般の人には伝わらない。 しかし、人気料理研究家が、テレビ番組等で不用意に発する「これはコラーゲンたっぷりだからお肌にうれしいですよね〜」とか「無農薬だから安心ですよ」などの一言は、多くの視聴者に驚くほど早く伝わる。 きちんと勉強をして、科学的に正しい事実を述べるのであれば、それは料理研究家だろうが農薬研究家であろうが同じで、いっこうにかまわない。しかし、売れっ子料理研究家はそんな勉強をしているヒマはないらしく、多くの場合“聞きかじり”あるいは“孫引き”程度の情報であることが多い(そうではなく、しっかりと勉強をして正しい情報を発信している売れっ子料理研究家もいます。念のため)。■スーパーで買い物しない料理研究家 平成24年3月25日の東京新聞に、超有名料理研究家・ENさんの取材記事が掲載されていた。 昨年の東京電力(株)福島第一原子力発電所の事故を受けて、ENさんは「スーパーで安心して買える食材がない」のだという。ENさんは著名な方なので、もしかしたら特別なルートがあって、特別な食材を購入しているのかもしれない。あるいは、ファンの生産者から直接送られてくるのかもしれない。それはたぶん“福島以外”からで、さぞかし安心だろう。 でも、一般の人の多くはスーパーで食材を購入している。現時点で、スーパーで売られている食材は、安全な物ばかりである。それを「安心できない」と決めつけて、何がいいたいのだろうか。スーパーで買い物をしている一般の人を不安に陥れて、どうしようというのだろうか。 「私は安全じゃないといっているわけじゃない。安心して買えないといっているだけ。安心できない物を安心できないといって何が悪いの?」というかもしれない。でもそれはENさんの感想だ。公の新聞で発表すべき物ではない。感想はお茶のみ話の席だけにとどめておくべきだ。 ENさんの非科学的な感想が、日本人の健康を向上させることはない。しかし、日本人の健康にはまったく貢献しないたった一言の感想ではあっても、風評被害を発生させ、福島の当事者を苦しめることは確実だ。 ENさんは原発稼働の是非を問う都民投票条例直接請求の請求代表者(の1人)になったのだという。「面倒でも国の古い体質そのものをたたき直したい」ともいう。これはENさんの思想・信条から導き出されている行動なのだろうから、他人がとやかくいうことではない。立派な行動なので地道に積極的に続けてほしい(皮肉ではなく)。 ただし、自分の思想・信条の実現のために、当事者である福島の人を苦しめることは止めるべきだと思う。■頑張るのは私たちだ 続けてENさんは「原発の影響で酪農家が自殺したとき、本当に申し訳ないと思った」という。「でも私には、食べて応援しよう、とはいえない」らしいのだ。 なぜ? 安全な物なのだから、食べて応援しませんか? もちろん“100%安全”なのではない。でも“食べても健康に悪影響を与えない”レベルの安全性は確保されている食材である。 誤解を怖れずにいえば、健康を害する程度がごくごくわずかであったら、覚悟して、我慢して、分け合って食べませんか? そもそも私たちは、毎日“100%安全な物だけを食べ、完璧に健康にいい食生活を送っている”わけではない。普段からソコソコに暮らしているはずなので、それなら、いま最も苦しんでいる人のために、頑張ろう。 そう、頑張るのは被災者ではなく、私たちだ! 今、福島の人は三重苦に苦しんでいるといわれている。地震で財産を失い、津波で家族を失い、原発で故郷を失った。そんな三重苦の人たちに、風評被害を重ねて、収入の道を途絶えさせるようなことをしてもいいのだろうか。遠く離れたところで生活している人の“安心”のために。 ENさんはインタビューの最後に「台所の窓を開けて、社会とつながりましょう」と呼びかけている。それも大事なことだが、台所の窓を開ける前に、自分の目をしっかりと開いて現実を見つめることのほうが「先き」のような気がする。(平成24年4月1日 佐藤達夫) バックナンバーはこちら