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■「近ごろ気になること」を書きとめました
「食生活」や「健康・医療」に関して、「近ごろ気になったこと」を書きとめました。「健康情報」ページとは異なり、執筆者(最下段に示す)の意見が反映されています。
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90億人の胃袋を満たせるか?
平成25年3月13日、東京大学大学院農学生命科学研究所附属食の安全研究センター主催の、「第3回食と科学〜サステナビリティへ向けて〜」が開催された。 第1部はオックスフォード大学(英国)ジーザスカレッジ学長のジョン・クレブス氏の特別講演、第2部はクレブス氏、消費者庁長官・阿南久氏、宮城大学教授・三石誠司氏、味の素(株)社長・伊藤雅俊氏、内閣府食品安全委員会事務局長・姫田尚氏、NHK解説主幹・合瀬宏毅氏によるパネルディスカッションという構成。ここでは第1部のジョン・クレブス氏の講演をかいつまんでご報告する。
■食の安全から持続可能性へ
クレブス氏は、世界中の多くの人の「食に対する関心」は、10年くらい前までは食品の安全性に集中していたのだが、最近ではサステナビリティ(一般的に「持続可能性」と訳される)へと移ってきた、と冒頭で指摘した。過去に、食の安全性に対する関心が高かったのはBSEに原因があったのだという。 私には、この冒頭の指摘−−食の安全性への関心が高かったのは10年くらい前まで−−が、小さな驚きであった。日本では、いまだにBSEに対する全頭検査を行なっているし(この原稿を書いている4月3日に、日本政府は自治体に対してBSE全頭検査の廃止を要請したが)、食の安全性に対する消費者の関心は、今もってきわめて高い。 続けてクレブス氏は、BSEはすでに10年前に沈静化し、現在の食におけるの最大の問題は「地球上のすべての人間が食べられるかどうか」なのだという。現在、世界の人口は約70億人と計算されている。2050年には90億人に達するだろうと推測されてもいる。90億人を支えることができるかどうかが、人間の食料問題における最大のテーマなのである。 そもそも、ホモサピエンス(生物としてのヒト)には約20万年の歴史があるが、農業が始まったのは約1万年前、食料が産業化したのはこの150年なのだという。その間、地球上の人口は増え続け、それに伴う食料問題が発生した。しかし、人類はそれを科学によって解決してきた。品種改良も、生産量の拡大も、安全性の確保も、すべては膨大な科学に裏打ちされることによってはじめて可能になった。 たとえば、1960年から2000年の40年間で、世界の人口は倍増したが、「緑の革命」と呼ばれる農業革新によって、1人当たりの食料は約25%も増加した。科学の勝利だとされている。では、その科学の力によって、90億人の食料もまかなうことが可能なのだろうか。緑の革命は21世紀でも有効なのだろうか。 20世紀後半の緑の革命にも問題はあった。1つは、緑の革命によって食糧増産が実現したのは、主として東アジアと南米においてであった。2050年の人口増加の舞台はアジアや南米ではなく、アフリカである。アフリカは、アジアや南米とはさまざまな条件が著しく異なっているので、アフリカでも緑の革命が起こせる保証はない。 もう1つの大きな問題は、緑の革命は「持続可能なもの」ではなかったことだ。緑の革命は、人類に素晴らしい恩恵をもたらしたが、環境の汚染、水の不足、生物多様性の消失、エネルギーの大量消費など、取り返しのつかない問題も同時に引き起こしたのだった。持続可能な手法ではなかったために、緑の革命は鈍化した。
■あらゆる科学技術を総動員すべき
2050年の「人口90億人の食料問題」を解決するためには、緑の革命を繰り返すのでは不充分だと、クレブス氏は訴える。これからは、まったく新しい発想・新しい技術が必要であると同時に、今ある科学技術は「そのすべて」を利用する−−クレブス氏の言葉を借りると“道具箱をひっくり返して点検する”必要があるのだという。 たとえば、今までヒトが食べてこなかった物を食べることによって食料の全体量を増やすことはできないか。この方法は真剣に考えなくてはならない。ただし、「食べ物」の歴史は理由があるので、ヒトが食べてこなかった物にはそれなりの理由がある。それを無理に食べようとすると、効率がきわめて悪くなる。また、ヒトが食べてこなかった物の多くは、他の動物の食べ物になっているはずなので、それを無理にヒトの食べ物にすると、他の動物の食べ物が減ることになる。結果的に「自然界全体の利用率」が低くなる。 実は、私たちの食料の「大もと」は太陽エネルギーである。太陽エネルギーを植物が光合成によって食料に転換している。しかし、そのエネルギー効率は、太陽エネルギーのたったの1%程度だ。科学技術を駆使して、このエネルギー高効率をごくわずかでも高めることができれば、食糧の増産につなげることができる。ただしこの場合でも、「持続可能な手段」であることが重要である。 では次に、クレブス氏が言うところの「道具箱=科学技術」にはどのような物があるのかを見てみよう。
■遺伝子組み換え技術も例外ではない
・GM 道具箱に入っている道具の最初の1つはGM(遺伝子組み換え)である。現在、GMには反対意見が多いが、90億人の食料問題を解決するための手段としてGMを例外扱いすべきではない、という。 GMの反対理由としてあげられるのは、1:健康被害、2:環境問題、3:大企業による種の独占、などである。EUは、これらの理由をあげて、現段階ではGMに対して反対の立場をとっている。しかし、一方でEUは世界第2位のGM作物輸入地域でもある。こういうところにGM問題の複雑さが垣間見える。 また、反対理由としてあげられている問題の中には、すでにほとんど解決されている物もある。現在未解決の問題であっても、90億人の食料を確保するという意味では「必ず解決する」という取り組みが必要なのだという。 現在活用されているGM技術の多くは、収量の増加あるいは農薬の軽減など、主として生産者にメリットのある物であった。そのために、消費者の支持がなかなか得られなかった。しかし、これからのGM技術は、生産者だけではなく消費者にも大きなメリットを与える物になるとみられている。 たとえば、失明予防に役立つゴールデンライス、あるいは、医療現場で広く使われているインスリンなどは、GM技術がなければ存在できない。 ・食料の再分配 2つ目の道具は「食料の再分配」だ。 現代社会は冨も食料も偏って分配されている。地球上の約18億人が食べすぎて肥満し、それが原因で健康を害している。一方で、約18億人が飢餓に直面している。この食料の偏りを是正する(過剰なところから不足しているところへと食糧を再分配する)ことによって、「90億人の食料問題」の一部は解消できるはずである。 ・食品ロス 地球上のあらゆる地域(先進国・発展途上国を問わない)で、膨大な食料が廃棄されている。生産地から消費地まで、様々な場所(段階)で出ている食品の無駄をなくすことを真剣に考えなければならない。 一概にはいえないが、発展途上国における食品ロスは、主として、生産業・流通業・加工業で発生することが多い。一方、EUや米国や日本などの先進国における食品ロスは、少なからず、小売り業や家庭で発生することが多いのだという。 どのような場所で、どういう種類の食品廃棄が、どのくらいの量だけ発生しているのかを詳細に調査し、この無駄を減らす努力を実行に移さなければならない。 ・バイオエネルギー エネルギー問題解消のために、近年、注目を浴びているのがバイオエネルギーだ。しかし、食料問題として考えると、このバイオエネルギーはマイナス要因として浮かび上がってくる。 従来のバイオエネルギーは、非食品植物(木材など)を原料として使っていたが、新しいバイオエネルギーは砂糖や植物油の原料となる農作物を原料としている。そのため「食料とエネルギーの競合」という、新しい課題と直面することになった。 人類はこの重たい課題をも解決しなければならない。
■「理解できない」のは送り手側の責任
第2部のパネルディスカッションのほうは、パネリストが豪華な割には論点がずれてしまったのが残念であった。 全体としては「リスクコミュニケーションの在り方」がテーマになったと感じた。そしてその結論は、クレブス氏が述べたように「リスクコミュニケーションの際、情報の受け手(主として消費者であることが多い)が『よく理解できなかった』としたら、その責任は100%情報の送り手(主催者や学者)側にある」という点に集約されるだろう。 まったく同感である。 そこで改めて気になったのが、このシンポジウムのタイトル、「食と科学〜サステナビリティへ向けて〜」だ。これで「どんな内容のシンポジウムが行われるのか」がわかる人というのはどのくらいいたのだろうか? 当日の会場は、ほぼ満員状態であったので「何ら問題ない」ということなのだろうか? 「この意味のわからんヤツは来なくてもいい」といわんばかりのタイトルのように感じたのは、私だけだったろうか。東大らしいといえばそれまでではあるのだが・・・・。
(平成25年4月10日 佐藤達夫)
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