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コラム

■「近ごろ気になること」を書きとめました

「食生活」や「健康・医療」に関して、「近ごろ気になったこと」を書きとめました。「健康情報」ページとは異なり、執筆者(最下段に示す)の意見が反映されています。
消費者委員会は安全性の審議をすべきではない!

2019年5月23日東京都港区で消費者委員会第54回食品表示部会(部会長:受田浩之高知大学理事・副学長)が開催された。主な議題はゲノム編集技術応用食品について、と、食品表示の全体像についての2つ。ここでは前半のゲノム編集技術応用食品に絞ってレポートする。

■遺伝子が変わると細胞(生物)が変わる

児玉浩明・千葉大学大学院教授が「ゲノム編集とはどのような技術なのか」について解説。【※1】いきなり「人工ヌクレアーゼを利用した編集技術」そして「CRISPR/Cas9システムによるゲノム編集」と続く。かなり専門的な内容であり、この題名を見た(聞いた)だけで、その中身を理解できる人は少ないのではなかろうか。筆者はほとんどチンプンカンプンであった。

生物の細胞は、細胞の中心である核の中にある遺伝子の構造によって、どんな細胞になるか、つまりはどんな生物になるかが決められる。遺伝子の構造が変わると、それまでの細胞(生物)とは別の細胞(生物)になる。野菜等の品種改良は、遺伝子の構造を(主として突然変異を利用して)変えることによって、行なってきた。

自然的に発生する突然変異ではなく、人工的な手法で、他の生物の遺伝子を組み込むことによって、目的の生物(主として野菜)の遺伝子の構造を変えるのが「遺伝子組み換え」だ。「ゲノム編集」も、人工的な手法によって、ある生物(主として野菜)の遺伝子に変化をもたらす科学技術である。

ゲノム編集が遺伝子組み替えと異なる点は、基本的には「他の生物の遺伝子を入れるか・入れないか」による。基本的には、他の生物の遺伝子を入れるのが遺伝子組み換えであり、他の生物の遺伝子を入れないのがゲノム編集と理解していいだろう。
(正直いって、こんなに単純ではないので、詳しく知りたい人はご自分で調べていただきたい【※2】)

■ゲノム編集食品の安全性は従来の物と同等

児玉氏の解説のあと、厚生労働省から「薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会 新開発食品調査部会 報告書」【※3】の(こちらも難解で、かつ滑舌が不明瞭な)解説が続いた。ここで解説されたことを要約すると次のようになるだろう(筆者の理解)。
−−ゲノム編集による品種改良は、自然的に発生する突然変異を利用しつつ交配を繰り返してできる「従来の品種改良」とほぼ同等と考えられる。その安全性に関しても「従来の物とほぼ同等」だと考えていい。また、結果的にゲノム編集技術を利用してできた食品は、従来の品種改良技術によってできた食品との区別は(現時点での技術では)ほとんどできないと考えられる−−
ひと言でいうと「ゲノム編集によってできた食品と従来の品種改良によってできた食品とは、安全性は同じだし、そもそも区別がつかない」となろう。

この解説に対して、座長は「委員のご意見は次回に聞くことにしたい。今回は質問だけを受ける」として委員会を進行した。委員からは「十分には理解ができなかった」「本当に区別がつかないのか」「計画的な変異が可能になるので偶発的な突然変異による物よりもむしろ安全かもしれない」等々の意見も出されたが、意見交換は次回に譲られた。

■実質上「安全性の審議」を消費者委員会がすべきだろうか?

今回の消費者委員会食品表示部会を傍聴していて気になったことが2点ある。1点目は、消費者委員会食品表示部会において「安全性の審議」が必要なのかどうか、という点。

厳密にいうと、この食品表示部会では「安全性の審議」を行なってはいない。事務局も座長も「まず、ゲノム編集技術とはどういうものかを知っておく作業」と位置づけており、「安全性を審議する」とは(口が裂けても)いわない。しかし、その内実は、上にも書いたとおり、「ゲノム編集食品の安全性は、従来の品種改良食品のそれと実質上同等」ということを、各委員に知らしめるための作業以外の何物でもない(と、筆者は理解した)。

百歩譲って「ゲノム編集のなんたるかを知るためのもの」とすると、あまりにも難解。聞いていてよく理解できない内容(これは私の推測だが、今回の解説の内容を理解できたのは委員のごく一部だったのではないか)をこの場でやる必要があるとは思えない。やはり「安全性確認のための解説」と考えざるを得ない。

ゲノム編集技術によって品種改良された食品の安全性は従来の技術によって改良された食品の安全性と同等であるというような「安全性」に関する確認は、それが正しい認識であるとしても、食品安全委員会に任せるべきではないのか? 食品安全委員会でそのような結論が出たのであれば(それを受けて)消費者委員会で「その扱い(表示)をどうするか」を審議すればいいのではないか。

■理解の得られてないゲノム編集食品を、なぜ急ぐ?!

2点目は、なぜそんなに結論を急ぐのか?
厚生労働省は、ゲノム編集食品に関する食品衛生上の取り扱いを今年(2019年)8月を目途に運用を開始するようだ。これには、この夏にも海外からゲノム編集食品が入ってくるのではないかという懸念があり、厚生労働省がその対応に追われているという実情もあるようだ。

消費者庁もそれに合わせて8月までに一定の結論を出したい意向のようだ。現委員の任期との関係もあるのだろうが、ゲノム編集という(消費者にとっては)新しくかつ難解な問題をテーマとするケースでは、拙速な審議は慎むべきではないか。

折しも、6月5日に開催された日本ゲノム編集学会では、東京大学医科学研究所が行なったインターネット調査で、「ゲノム編集農作物を食べたくない」と答えた人が4割を超えたという報告があった。これは1編の調査にすぎないが、ゲノム編集食品が市民に受け入れられているとは考えられない。

これまでも、理論的には(科学的には)「安全である」と評価された食品が、政治家や企業や科学者による拙速な進行によって、逆に、市民に受け入れられにくくなってしまった事例は農薬・添加物・放射性物質・輸入農産物等々、枚挙にいとまがない。

その修正のための活動(リスコミ等)に多大なエネルギーを費やした(費やしている)苦い経験をどう活かすのか、消費者庁の力量と覚悟が問われている。


(2019年6月15日 佐藤達夫)

【※1】
https://www.cao.go.jp/consumer/kabusoshiki/syokuhinhyouji/doc/190523_shiryou1_1.pdf
【※2】
http://www.affrc.maff.go.jp/docs/anzenka/attach/pdf/genom_editting-5.pdf
【※3】
https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/000494346.pdf